書評というか感想:生のみ生のままで(綿矢りさ)

 久しぶりにめちゃくちゃおもしろい小説を読んだので、簡単に感想を書きたいと思います。

 生のみ生のままで(綿矢りさ)

生のみ生のままで 上 - 綿矢 りさ
生のみ生のままで 上 – 綿矢 りさ

 という本です。

 ジャンルは女性同士の恋愛小説で、百合ともいいます。
 2020年8月現在は集英社から単行本が上下巻で出ています。上下合わせて400頁ちょっとくらいです、このくらいのページ数なら1冊にまとめてくれよと正直思いました。単行本って高いですよね。ただ内容としては素晴らしかったので、単行本2冊程度の端金は払った内にも入りません。

 作者は綿矢りささんです。私は初読の作者だったので、他の作品についてはあまり知りません。

あらすじ

上巻あらすじ

「私たちは、友達じゃない」
25歳、夏。恋人と出かけたリゾートで、逢衣(あい)は彼の幼なじみと、その彼女・彩夏(さいか)に出逢う。芸能活動をしているという彩夏は、美しい顔に不遜な態度で、不躾な視線を寄越すばかりだったが、四人で行動するうちに打ち解けてゆく。

東京へ帰った後、逢衣は彩夏と急速に親しくなった。やがて恋人との間に結婚の話が出始めるが、ある日とつぜん彩夏から唇を奪われ、「最初からずっと好きだった」と告白される。

彼女の肌が、吐息が、唇が、舌が、強烈な引力をもって私を誘う——。
綿矢りさ堂々の新境地! 女性同士の鮮烈なる恋愛小説。

上巻あらすじ

下巻あらすじ

「どんな場所も、あなたといれば日向だ」
互いに男の恋人がいるのに、止めようもなく惹かれあう逢衣と彩夏。

女性同士、心と身体のおもむくままに求め合い、二人は一緒に暮らし始めた。芸能活動をしていた彩夏の人気に火が付き、仕事も恋も順調に回り始めた矢先、思わぬ試練が彼女たちを襲う。切ない決断を迫られ、二人が選んだ道は……。

今まで裸でいても、私は全然裸じゃなかった。常識も世間体も意識から鮮やかに取り払い、一糸纏わぬ姿で抱き合えば、こんなにも身体が軽い——。

女性同士のひたむきで情熱的な恋を描いた、綿矢りさの衝撃作!

下巻あらすじ

 

 あるとき運命的に出会った二人が急速に恋に落ちて、それからの二人の人生を描いた話です。
 恋に落ちた二人(逢衣(一人称)と彩夏)はどちらも女性で、それまでは普通に男と恋をしていた人間です。そんな二人は同性に恋をするという初めての経験に大きく戸惑います。また二人には人生において大きな選択の機会がいくつか訪れ、その選択肢をどう選んでどう人生を歩んでいくかというのが丁寧にかかれています。同性を好きになった二人の心境の変化や、同性愛の社会的な扱いなどにも重きが置かれている印象です。

感想

ネタバレなし

 本当に素晴らしい小説だったと思います。この作者の作品を読んだのは初めてで、文体は特に好きでも嫌いでもない感じでしたが、この本に関して言えばストーリーがとにかく素晴らしかったと思います。

 上巻には主人公らが「同性に恋をする」という初めての経験に戸惑う部分が重点的に書かれている印象です。物語の始めの時点では主人公らは二人とも男の恋人がおり、同性との恋愛経験は全く皆無という状態から始まります。
 最近の所謂百合といジャンルでは、同性であるということに悩む描写は必ずしも多くない上、男の恋人がいる状態からスタートというのはほとんどないので、こういうスタートラインは所謂ラノベではなくて文芸の人が書いているからこその部分であると感じました(もちろんどっちが優れているという話ではない)。
 上巻は特に同性に不意に一目惚れしてしまった側(彩夏)と同性に迫られた側(逢衣)という構図になっており、主人公の心理描写もしっかりとか書かれています。私は恋愛小説というジャンルにおいては心理描写にもっともこだわるタイプですが、よく書かれていてとてもよかったです。主人公の心理描写をしっかり書けるのは小説(特に一人称)の強みですよね。

 下巻では、主人公らが色々な試練に立ち向かう巻、そして将来に向かって二人で歩きだす巻のようになっています。試練は例えば彩夏が芸能界の人間であるから生じたものや、同性愛特有のもの、もっと一般的なものなど様々です。そのような試練に対して、主人公らが何を求めて、どういう選択肢を選んで、どういう人生を歩んでいくかというのが書かれています。物語のオチも非常に好みでした。

以下ネタバレ

ネタバレありの感想下に書きます↓








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 物語は綺麗にハッピーエンドで終わったと感じました。本の中で二人には色々と壁にぶつかり、悩み、選択する機会がありました。二人はそのすべての選択で正解を選んではいないと思います。人生の途中では、選んだ選択肢のせいで致命的なダメージ受けた時期もあったと思います。そして最終的にも、親から交際の同意が得られていないなどの問題点も残されたままです。
 しかし、この物語で一番大切なのは「二人が最終的に一緒にいられるかどうかという部分」だと思います。本書ではこれが本質的であるということがしっかりとわかるように書かれており、この本質が満足されているという意味で非常に綺麗なハッピーエンドで終わったと感じました。

逢衣が取った選択

 本書では主人公たちに色々な選択の機会があります。その中でも特に重要だったのが上巻の終わりから下巻の始まりあたりの「彩夏のスキャンダルに対してどういう選択を取るか」という部分だと思います。彩夏の事務所は彩夏に対して「交際禁止」という契約を結んでおり、彩夏は逢衣と交際していたため、それが原因でスキャンダル寸前になってしまいます(アイドルとかならともかく、女優で交際禁止とかあるのか? と思いましたが)。
 このとき事務所の要求は「彩夏と別れて一切会わない」でした。一方で、彩夏はもちろんこれを認めることはせず、「逢衣と交際していることを公表して、事務所をやめる」を提案します。
 このとき逢衣は最終的に彩夏の提案ではなく、事務所の要求を飲むことになります。逢衣がこの選択を取った理由はもちろん彩夏よりも事務所のことを大切にしたわけではなくて、自分のせいで彩夏が芸能界から消えることを恐れたからです。
 この展開を見たときの私の一言目の感想は「よくある感じだな」でした。こういう理由(つまり相方の夢のためという理由)で選択肢を選ぶという展開はよくありますよね。
 私はこういう選択の仕方をあまり正しいとは考えていません。というのも時点での彩夏にとって一番大切なのは逢衣だったからです。彩夏にとっては逢衣といっしょにいることが一番望むものとなっていたのは自明でした。なので、逢衣が彩夏に「自分の夢を叶えてほしい」と押し付けるのは、逢衣のエゴになってしまいます。

 この本で素晴らしいと思ったのは、最終的に逢衣がこの選択を「間違っていた」と感じていることだと思います。逢衣のこの選択のせいで7年も離れ離れになることになってしまい、彩夏も逢衣に裏切られたと感じています。
 もちろん逢衣の「彩夏と別れて一切会わない」という選択が7年間離れ離れという自体を引き起こしたわけで、この選択自体がよくなかった部分はあると思います。しかし逢衣がもっともやってはいけなかったことは、彩夏としっかりと相談することをせずに自分だけで選択をしてしまったことだと思います。もちろん時点では彩夏としっかりと話し合える状況ではなかったため、やむを得ない部分も存在しています。しかしもし少しでも彩夏と相談していれば、同じ選択をした場合に一定期間離れ離れになることは避けられなかったとしても、7年という長期にはならなかったと思います。そして、彩夏も逢衣に裏切られたと感じることもなく、であれば彩夏の病気も幾分かはましになったんじゃないかと思います。
 逢衣は最終的には自分本位で選択をしてしまったことを後悔している描写があります。そして、そのあとは同じような過ちを犯していないと思います。主人公がある(王道の)選択肢を選び、それを後悔し、そしてそれを将来の糧にするという展開が書かれていたのは個人的によかったと思いました。

彩夏の嘘

 私にとって彩夏のついた嘘はかなりインパクトがありました。「逢衣と離れている間男とも女ともたくさん寝た」という嘘ですね。私はあれを読んだとき「これは多分嘘だな?」と思ったし、実際嘘でしたが、騙された人もそこそこいそうな気がします。
 嘘でよかったと思ったのと同時に、これを嘘にできる作者の力量にちょっと感動しました。これを嘘にできる作者ってそんなに多くないと思います。

親のあるべき姿

 逢衣は親にカミングアウトしますが、最後まで親は娘のことを認めることはできませんでしたね。現代でこのような親がどの程度の割合で存在しているのかはわかりませんが、一定数はいるんでしょう。逢衣の親は「わざわざ娘に困難な道を歩んでほしくない」といいます。これは一見娘のことを考えている様に聞こえますが、実際は真の意味で娘のことを考えていたら出てこない言葉に感じてしまいます。親は娘に「一般的な」幸せを歩んでもらって、自分は娘をちゃんと育てられたという実感を味わいたいんだと思います。
 もしくは親が真の意味で娘の幸せを願ってなお「わざわざ娘に困難な道を歩んでほしくない」という言葉が出てきているとしたら、娘の幸せがなんなのか理解できていないということになりますね。
 親が馬鹿だと苦労するのはいつでも子どもですね。

人生の本質はなにか

 個人的に意外だったのが、二人が最後までカミングアウトしなかったことです。
 彩夏が芸能界の人間であることもあり、上巻で既に「二人の仲を公表する」という案が出ていました。なので私はてっきり二人は最後はカミングアウトするものだと思っていました。
 しかし二人はけっきょくカミングアウトはしませんでした、これはすこし意外でした。
 二人は「影に隠れながらでも、二人で安心して一緒にいられる」ということを最終的に最も重要視した選択を取りましたね。
 最近の社会は同性愛者に対してはカミングアウトしやすいような社会を作ろうという感じ(もちろんこれは良いことである)なので、本書で主人公らがこういう選択を取ったことは意外だったし、素晴らしいと思いました。
 けっきょくのところ二人にとって最も本質的なことは「二人で平和に過ごせる」ということでしょう。カムアウトせずにこの本質を重要視した選択ができたのは、逢衣が若いときにした選択を後悔し、そのことを反省できたからこそと思います。
 カミングアウトしなかったのは意外でしたが、二人にとってはこの選択が一番よかったと思うし、素晴らしいと思いました。

結婚するのに許可はいる?

 成人している人間であれば、結婚するときに親の承諾は必要ありません。もし同性愛者であれば、親に同性パートナーとの関係を反対されたとき、親を完全に無視してしまっても誰も文句は言えないでしょう。
 ただ実際問題としては、子どもが親を完全に無視するというのは簡単ではないんだろうなと思います。作中でも逢衣は親に反対されますが、それでも親を切ったりなどというのは考えが及んでもいないと思います。けっきょく逢衣と親の間(いつかは彩夏も交えて)少しずつすり合わせていくしかないのかなという感じですね。

総評的なもの

 本当に素晴らしい小説でした。百合に少しでも興味があれば読んでみることを強く勧めます。ありがとうございました。

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